1912年に佐野鉄道は東武鉄道に吸収合併された。この頃東武鉄道では
日光進出の計画を立てており、当初は館林から佐野、葛生、鹿沼を経由して日光まで結ぶ構想であったため、ルートの重なる佐野鉄道を合併したのである(後に日光へは
栃木経由に変更)。東武鉄道は佐野鉄道が持っていた鉄道敷設免許を利用して館林 - 佐野間を建設、1914年に開業し、館林 - 葛生間直通運転を開始した。館林や東京
浅草まで直行できる鉄道ができたことで佐野町 - 越名間の旅客・貨物輸送は著しく減少し、1915年には旅客営業を休止し、1917年に廃止された。