1971年当時の
BLMCでは同クラスの
ローバー・P6と
トライアンフ・2000/2500シリーズを並行生産しており、苦しい台所事情の中で企業合同の効果を出すためには両車種の統合が不可欠な状況になっていた。ローバー・トライアンフ両部門に提案が求められ、P6と同じスペン・キング(Spen King)と
デビッド・ベイチュ(David Bache)のコンビによるローバー案が採用された。彼らは前年の
70年、SUVの設計に新境地を開いた
レンジローバーをデビューさせたばかりで、正に脂の乗り切った時期にあった。なお、新型車の開発コードネームはP7ではなく、
SD1 (Specialist Division No. 1) とされ、ローバーとトライアンフ部門が統合され中高級車やスポーティーカーを開発する部門となったことを象徴していた。
BLMCの苦しい経営を反映してか、スペン・キングの設計はP6よりもむしろ保守的なものとなり、一般的なモノコック構造のボディ、後輪固定軸のサスペンション、アウトボード式のサーボ付きディスク/ドラムのブレーキが採用された。しかしセルフレベリング式リアダンパー、ローバー初のラック&ピニオン式ステアリングなど、時代の潮流には決して遅れてはいなかったし、ベイチュのデザインは1960年代の
ピニンファリーナの作品、特に
フェラーリ・デイトナのフロントエンドと
BMC 1800プロトタイプ(
シトロエン・GS・
CXのデザインにも強い影響を与えた)のシルエットから多くを学んだ革新的なもので、SD1には、P6に続いてローバー二度目の
ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーに輝くだけの十分な新しさがあり、沈滞を極めた当時のイギリス自動車業界の希望の星となった。
SD1はその後、
1979年には高出力なV8-Sを追加(メタリックグリーンの車体に金色のアロイホイールを装備)、
1981年には生産工場が旧モーリスのカウリー工場に移され(以後ソリハルは
ランドローバー専門工場となる)、翌
1982年に大規模な
マイナーチェンジが行われた。クロームで縁取られたヘッドライト、大きく変更されたインテリア、後方視界改善のため広げられたリアウインドウなどが新モデルの特色であったが、同時にモーリス・イタルの
直4 2,000cc・Oシリーズエンジン搭載車、イタリアVMモトーリ社製
ディーゼルターボエンジンを搭載した2400 SDターボも追加された。その一方、V8を
フューエルインジェクションで190馬力に強化したV8-Sに代わるホットモデルの3500ヴィテス、豪華版のヴァンデン・プラも追加された。