スズキ・スズライト wikipedia|無料辞書
2008年に「その後の軽自動車のあり方を示唆、歴史に残る名車」と評価され
日本自動車殿堂歴史車に選ばれた。また開発者である稲川誠一も同時に殿堂入りした
[日本自動車殿堂 プレスリリース (PDF) http://www.jahfa.jp/JAHFA_PR_2008.pdf]。
◆ 織機メーカーから自動車メーカーへ
1909年、
静岡県に創立された鈴木式織機は地元・静岡で自動織機の製造をはじめ、海外へも市場を拡大して順調に事業を拡大。創立者である鈴木道雄は事業の多角化のため、自動車産業への進出を目指し、
1936年、
イギリスの乗用車、
オースチン・セブンを導入して研究に着手。数台の試作車を製作した。しかし、折からの
太平洋戦争の戦火の拡大により、乗用車生産計画は中止に追い込まれた。
終戦後、鈴木式織機は自動車生産への手始めとして、
1952年に補助エンジンつき自転車「パワーフリー」、「ダイヤモンドフリー」を発売し、手軽な移動手段として大好評を得た。
1954年には
4サイクル90ccの「コレダ」を発売し、徐々にバイクメーカーとしての地歩を固め、6月には社名を
鈴木自動車工業に改め、本格的な自動車メーカーへの進出の準備を開始した。
◆ 軽自動車の開発
当時の日本はまだ戦後復興期の混乱の中にあり、多くの国産メーカーは、乗用車では、
アメリカ、
イギリス、
フランスのメーカー提携、部品を輸入し、自らの工場で組み立てする
ノックダウン生産からスタートし、その部品を段階的に国産化(技術移転)する途上であった。また「軽自動車」という規格はすでにあったものの、当時の技術では「乗用車」として成立することは不可能であると考えられており、
フライングフェザーなどのように町工場規模で細々と製造されているに過ぎなかった。
1954年2月、鈴木は
フォルクスワーゲン、
ロイトLP400、
シトロエン・2CVを購入。徹底的な分解・研究を開始。税金面などで維持の手軽な日本の軽自動車規格に近く、当時、まだ戦後の混迷期にあった日本では、乗用車需要がほとんど期待できなかったため、商用車としての機能性を満たすため、エンジン・ドライブトレインが前方にあり、荷室が大きく取りやすい
前輪駆動(FF)方式のロイトLP400を手本に試作車を製作することが決まった。
| 全長×全幅×全高(mm) |
3,450×1,290×1,410 |
ホイールベース(mm) |
2,000 |
エンジン形式 |
排気量(cc) |
386 |
ボア×ストローク(mm) |
62.0×64.0 |
圧縮比 |
6.8 |
最高出力(ps/rpm) |
13/3,750 |
タイヤ |
125-15 |
1954年9月、製作開始からわずか半年ほどで、ロイトを手本にした左ハンドルの試作車2台が完成。箱根を中心にしたテストを開始。
「スズライト」の名前の由来は、「スズ」は「鈴木」の社名から、「ライト」は「軽自動車」の「軽」の英語訳を綴ったものである。
◆ 主要諸元
| 車種 |
| 全長×全幅×全高(mm) |
2,990×1,295×1,400 |
2995×1,295×1,380 |
| 2,000 |
2,050 |
| トレッド(F)/(R)(mm) |
1,050/1,050 |
1,085/1,060 |
| サスペンション(F) |
| サスペンション(R) |
ダブルウィッシュボーン/コイル独立懸架 |
横置きリーフ独立懸架 |
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